渋谷ヒカリエ8階・川本喜八郎人形ギャラリーに行って来た!(その4) <2014年5月>
4月25日から展示内容が改まったということで、また行って来ました!
まずは外の展示からです。
公式サイトで見所として紹介されていた「メカ馬」がありました!
総勢20騎ほど(たしか)の騎馬隊になっていました。
高さは20cmくらいで小さな馬に小さな人形が乗っています。
で、その馬たちが1頭ずつ台車(見せない部分なので、とても無骨というかシンプルなデザイン)
に載っているんです。
前進・後進に方向転換もできるんですか!
(劇中で、ぱっかぱっかくるっ!とやってましたね。あれは台車の上で馬が回っていたんですね。
それで顔が向いている方向に台車を走らせるための前進・後進なんですね、きっと)
落馬もプログラムで設定できるそうです。
(作中の戦のシーンを思い出しつつ)そうだったんですか〜!!
角のケースには関平さんです。
三国志からは初めてでは無かったでしょうか。
今までは平家の指定席のような場所でした。
では中へ!
瓦版のvol.3出てるかな〜?って、無い!
ラックが空でした(笑)
行ったのが日曜日の午後だったからかもしれませんね。
残念…これはまたの機会を待ちましょう(遅くとも来月始めには再び渋谷に行きます!)
→入手してまいりましたよ〜
今回の表紙は、上段左側から 諸葛亮 周瑜 黄蓋
下段左から 西光 平清盛 平康頼 でした。
中を見ると…おや、順路が三国志の側からの時計回りになっています(前回とは逆ですね)。
「コラム 徹の部屋」のテーマは、現在人形が展示されている周瑜と小喬でした。<6月8日追記>
この日は都合で午後でしたが、いつもは午前中に行くことが多いんですよ。
それはさておき(ほんとにどうでもいい話でした)、入ってすぐの壁の展示物も替わっていました。
先生のサイン入りで、諸葛亮ともうひとりの写真
(誰でしたっけ…赤っぽかったようなということしか思い出せないです。
曹操か赤兎馬にまたがった関羽だったのでしょうか?展示が赤壁なので呉の人かも!?次回確認します。
サインが入っていたのはその、もうひとりの写真の上だったのに)
が入ってすぐのところに展示されていました。
隣には昔の展覧会のポスター(前回とは違うもの)が展示されていました。
→確認してきましたよ…ぜんっぜん違ったじゃないですか(汗)
左側は昔の展覧会のポスターでした。
「三国志百態」の文字とともに、周瑜の顔のアップと
その手前側に小さめの諸葛亮の全身像が載っていました。
右側には曹操の人形の大き目の写真と、
同じ大きさの平清盛の写真の2枚が1つの額の中にに並べてありました
(2人とも赤い衣装なので、「赤っぽかった」というところだけは合ってました?(汗))。
先生のサインが入っていたのは平清盛の写真の方です。
この写真の清盛の人形はちょうど今回展示されているものと同じですね!<5月28日追記>
それではお待たせしました!今回の展示の様子です。
クリックで拡大します。
四角いふきだしはプレートに書かれていた展示テーマののタイトル、丸いふきだしは筆者の私による注です。
なんかめずらしく楽器の名前が書かれていますね。
楽器を弾いている人形たちがずらりと並んでいたので
せっかくなのでそれぞれの人形たちの手元にあったものを控えてきました。
丸いふきだしの中の( )はその楽器そのものの名前です。
中に入りますと、今回も展示室入り口から見て奥が平家、手前が三国志でしたよ。
今回は…入り口に関平さんがいたことですし、三国志の感想から始めます!
(平家にも書きたいことがあるのですが(笑)それは後ほど)
ホウ統(1文字目は環境依存文字)、諸葛亮、趙雲、魯粛、孫権、周瑜は、
このギャラリーが開設された時の展示以来ですね。
ホウ統さんは葉っぱを右手に摘んでいます(前はくわえていました)。
みんなが待ち望んでいた孔明さんは、今回お兄様と並んでいます。
こうしてみると、結構似た顔立ちになっていますね。
趙雲は今回の展示室で唯一の馬に乗った姿です。
ギャラリーに来ていたほかのお客さんが「趙雲かっこいい」といってました。
孫権は再び椅子に座った姿でした。
周瑜は奥方の小喬を伴っています!
小喬ですよ。小喬。
三国志側の展示で今回私が1番見たかったのが、この小喬だったんです。
人形劇では出番がありませんでしたね。
顔立ちは清楚で控えめな感じの美人でしたよ!
華やかさを体現したような貂蝉とはまた違った感じです。
服装は濃い赤みのピンクの着物に、白っぽい袖無しの上着に、ピンクのショール姿で
(くせ(?)で衣、唐衣、比礼と書きそうになりました(笑)それじゃ日本ですよ…)、
かわいらしい感じでした。
では平家を。
今回の平家の人数は、過去最多ではありませんか?
人物名を図に押し込むのに苦労しました(笑)
公式サイトで見所として上げられていた後白河法皇はキラッキラでしたよ!
清盛も結構派手なんですけど、はるか上を行くキラッキラです(だってえらいんだもん)。
「平家にあらずんば人にあらず」でお馴染み(?)の時忠もいました。
時忠の前に立つ禿の2人は顔立ちがちょっと紳々・竜々に似てました(笑)
そして居並ぶ雅楽の皆さん。
赤を基調とした正統派な(?)色合いの十二単姿の徳子さんは、ことを弾いていました。
「こと、なんでひらがななの」ですって?
楽器の名前を調べているうちにワケわかんなくなりまして(汗)
「こと」、普通は「琴」と書きますが、「琴」はもともと「きん」という別の楽器だったとか…
「こと」と聞いてすぐに皆さんイメージできるあの楽器は「筝(そう)」だとか…
「和琴」とかっていうのもありましたね、そういえば…
(源氏物語の「女楽」の場面を思い浮かべながら)
ええ、当サイトは源氏サイトなのに…ですよね。
ごめんなさい、楽器は詳しくないんですよ(ついでにお香のことも訊かないで)。
で、面白かったのは維盛の説明文です。
光源氏の再来って…
いや、本当にこの人はそう称されていたらしいんですけど
光源氏は再来できないでしょ。
平安末期の皆さんしっかりしてくださいよ。
ヤツは架空の人物ですよ。
「光源氏のモデルになった人物」の再来ならできるでしょうけど(笑)
在原業平や源融とか…
真ん中を略してはいけませんよ、平安末期の皆さん(笑)
なんだかふざけた感じになってしまったので最後はきちんと(汗)
平経盛と平忠度の2人について、説明文に優れた歌人と書かれていました。
ですので、この2人の和歌を調べてみました。
平経盛「ふるさとをやけ野の原にかへりみて すゑもけぶりのなみぢをぞゆく」
平忠度「行き暮れて木の下陰を宿とせば 花やこよひの主ならまし」
以上、ヒカリエ・リポートでした。
2014年5月13日公開
2014年6月8日更新